「山賤の垣は荒るとも」などと云う古歌を思い出されてか、そんな撫子なんぞとあわれな名をいつのまにかお附けになっていられるのも、本当に心憎いほどなお思いやりだこと。
あいにくそれから殿も御物忌つづき、こちらも何かと物忌がちで、殆ど門も鎖したぎりなものだから、入らっしゃろうにも入らっしゃれず、そういう御文を毎日のように、門の下から差し入れさせて往かれるのも、それだけでもまあ大層なお心変りのように見える。
それから十数日ばかり立った或日の未の刻頃、「殿がお見えです」と言い騒いで、俄かに中門を押し開けなどしているところへ、車ごとお這入りになって来られた。