が、当時何よりも少女の心をいためたのは、「これを手本になさい」と云われて少女が日毎にその御手を習いながら、人知れず物語の主人公に対するようなあくがれの心を抱いていた、侍従大納言の姫君までが、その春乳母と同じ疫病に亡くなられてしまった事だった。
「とりべ山谷に煙のもえ立たばはかなく見えし我と知らなむ」――少女が日頃手習をしていた姫君の美しい手跡にそんな読人しらずの歌なんぞのあったのが、いまさら思い出されて、少女には云いようもなく悲しかった。
が、そういう云いしれぬ悲しみは、却って少女の心に物語の哀れを一層沁み入らせるような事になった。