それで、自分はどうしても行かなくてはならないものと思いこんでいたせいか、子供ごころに一層恐ろしい気のしていた、そんな外国なんかへは行かずにすんだ。
その代り、この三村の家もその頃は、おじいさんと云うのが大へん呑気なお方で、ことに晩年は骨董などにお凝りになり、すっかり家運の傾いた後だったので、お前のお父様と私とで、それを建て直すのに随分苦労をしたものだった。
二十代、三十代はほとんど息もつかずに、大いそぎで通り過ぎてしまった。
それで、自分はどうしても行かなくてはならないものと思いこんでいたせいか、子供ごころに一層恐ろしい気のしていた、そんな外国なんかへは行かずにすんだ。
その代り、この三村の家もその頃は、おじいさんと云うのが大へん呑気なお方で、ことに晩年は骨董などにお凝りになり、すっかり家運の傾いた後だったので、お前のお父様と私とで、それを建て直すのに随分苦労をしたものだった。
二十代、三十代はほとんど息もつかずに、大いそぎで通り過ぎてしまった。