やっと村にはいると、私たちはときどき日を除けるため道ばたの農家の前に立ち止まって、去年と同じように蚕を飼っている家のなかの様子を窺ったり、私たちの頭の上にいまにも崩れて来そうな位に傾いた古い軒の格子を見上げたり、又、去年まではまだ僅かに残っていた砂壁がいまはもう跡方もなくなって、其処がすっかり唐黍畑になっているのを認めたりしながら、何ということもなしに目を見合わせたりした。
とうとう去年の村はずれまで来た。
浅間山は私たちのすぐ目の前に、気味悪いくらい大きい感じで、松林の上にくっきりと盛り上っていた。