その夏になる前に征雄は台湾の大学に赴任したばかりの上、丁度お前もその数日前から一人でO村の山の家に出掛けて居り、雑司ヶ谷のだだっ広い家には私ひとりきり取り残されていたのだった。
その新聞の記事で見ると、この一箇年殆ど支那でばかりお暮らしになって、作品もあまり発表せられなくなっていられた森さんは、古い北京の或物静かなホテルで、宿痾のために数週間病床に就かれたまま、何者かの来るのを死の直前まで待たれるようにしながら、空しく最後の息を引きとって行かれたとの事だった。
一年前、何者かから逃れるように日本を去られて、支那へ赴かれてからも、二三度森さんは私のところにもお便りを下すった。