堀辰雄 『大和路・信濃路』 裏門を過ぎると、すこし田圃があって、そのまわりに黄いろい粗壁の農家が数軒かたまっている。 それが五条という床しい字名の残っている小さな部落だ。 天平の頃には、恐らくここいらが西の京の中心をなしていたものと見える。 堀辰雄の名言・名文を読む 用例を検索する → シェア