もう一方の手の先きで、ちょいと軽くつまんでいるきりの水瓶などはいまにも取り落しはすまいかとおもわれる。
この像はそういう異国のものであるというばかりではない。
この寺にこうして漸っと落ちつくようになったのは中古の頃で、それまでは末寺の橘寺あたりにあったのが、その寺が荒廃した後、此処に移されてきたのだろうといわれている。
もう一方の手の先きで、ちょいと軽くつまんでいるきりの水瓶などはいまにも取り落しはすまいかとおもわれる。
この像はそういう異国のものであるというばかりではない。
この寺にこうして漸っと落ちつくようになったのは中古の頃で、それまでは末寺の橘寺あたりにあったのが、その寺が荒廃した後、此処に移されてきたのだろうといわれている。