こんなに荒廃して、それがそれなりになんとなく錆びて落ち着いてきている、そんなところからそういう一種の味が出ているのだろうね。
だから、つまらないことまで、妙に生き生きとして感ぜられて来ることもある。
僕がはじめてこの村に来た当時のことだが、或日、昔の屋敷跡らしい大きな石崖のうえに立って、秋らしい日ざしを浴びながら、病みあがりらしくぼんやり蓼科山の方をながめていた。
こんなに荒廃して、それがそれなりになんとなく錆びて落ち着いてきている、そんなところからそういう一種の味が出ているのだろうね。
だから、つまらないことまで、妙に生き生きとして感ぜられて来ることもある。
僕がはじめてこの村に来た当時のことだが、或日、昔の屋敷跡らしい大きな石崖のうえに立って、秋らしい日ざしを浴びながら、病みあがりらしくぼんやり蓼科山の方をながめていた。