私たちのうちを出て、源森川に添ってしばらく往くと、やがて曳舟通りに出る。
それからその掘割に添いながら、北に向うと、庚申塚橋とか、小梅橋とか、七本松橋とか、そういうなつかしい名まえをもった木の橋がいくつも私たちの目のまえに現れては消える。
ここいらも震災後、まるっきり変ってしまったけれども、またいつのまにか以前のように、右岸には大きな工場が立ち並び、左岸には低い汚い小家がぎっしりと詰まって、相対しながら掘割を挾んでいるのだった。
私たちのうちを出て、源森川に添ってしばらく往くと、やがて曳舟通りに出る。
それからその掘割に添いながら、北に向うと、庚申塚橋とか、小梅橋とか、七本松橋とか、そういうなつかしい名まえをもった木の橋がいくつも私たちの目のまえに現れては消える。
ここいらも震災後、まるっきり変ってしまったけれども、またいつのまにか以前のように、右岸には大きな工場が立ち並び、左岸には低い汚い小家がぎっしりと詰まって、相対しながら掘割を挾んでいるのだった。