が、そのうち何処からか、去年の暮れごろから目を患っていたおじさんが急に失明しかけているというような噂を耳にして、私はこれは早く往ってあげなければと思い、或日丁度自分の実家に用事があって往くことになっていた妻と連れだって東京に出て、私だけ手みやげを持って、震災後ずっと田端の坂の下の小家におじとおばと二人きりで佗住いをしている方へまわった。
それはもう六月になっていた。
おじさんのうちでは、もうすっかり障子があけ放してあって、八つ手などがほんの申訣けのように植わっている三坪ばかりの小庭には、縁先きから雪の下がいちめんに生い拡がって、それがものの見事に咲いていた。