それが男の子だかも、女の子だかも、もう知るよしもないのである。
もう誰にもかえりみられることのない、そんな薄倖な幼児の墓を私は何か一種の感動をもって眺めているうちに、ふいと、一瞬くっきりと、自分の知らなかった頃の小梅の父の、その子の父親としての若い姿が泛ぶような気がした。
そういう若い頃からの、この一市井人のこれまでの長い一生、震災で私の母を失ってからの十何年かの淋しい独居同様の生活、ことに病身で、殆んど転地生活ばかりつづけていた私を相手のたよりない晩年、――かなりな酒好きで、多少の道楽はしたようだが、どこまでもやさしい心の持ち主だった父は、私の母には常に一目置いていたようである。