夏毎にこの高原に来ていた数年前のこと、これと殆どそっくりな眺望を楽しむために、私は屡、ここからもう少し上方にあるお天狗様まで登りに来たのだけれど、その度毎に、この最後の家の前を通り過ぎながら、そこに毎夏のようにいつも同じ二人の老嬢が住まっているのを何んとなく気づかわしげに見やっては、その二人暮らしに私はひそかに心をそそられたものだった。
――だが、あれはひょっとすると私自身の悲しみを通してばかり見ていたせいかも知れないぞ?
(と私は考えるのだった。
夏毎にこの高原に来ていた数年前のこと、これと殆どそっくりな眺望を楽しむために、私は屡、ここからもう少し上方にあるお天狗様まで登りに来たのだけれど、その度毎に、この最後の家の前を通り過ぎながら、そこに毎夏のようにいつも同じ二人の老嬢が住まっているのを何んとなく気づかわしげに見やっては、その二人暮らしに私はひそかに心をそそられたものだった。
――だが、あれはひょっとすると私自身の悲しみを通してばかり見ていたせいかも知れないぞ?
(と私は考えるのだった。