私はそういう長い散歩によって一層生き生きした呼吸をしている自分自身を見出した。
それにこの土地に滞在してからまだ一週間かそこいらにしかならないけれど、この高原の初夏の気候が早くも私の肉体の上にも精神の上にも或る影響を与え出していることは否めなかった。
夏はもう何処にでも見つけられるが、それでいてまだ何処という的もないでいると言ったような自然の中を、こうしてさ迷いながら、あちこちの灌木の枝には注意さえすれば無数の莟が認められ、それ等はやがて咲き出すだろうが、しかしそれ等は真夏の季節の来ない前に散ってしまうような種類の花ばかりなので、それ等の咲き揃うのを楽しむのは私一人だけであろうと言う想像なんかをしていると、それはこんな淋しい田舎暮しのような高価な犠牲を払うだけの値は十分にあると言っていいほどな、人知れぬ悦楽のように思われてくるのだった。