……どうにか一方の老嬢は私の物語の中に登場させることは出来ても、もう一方の方は台所で皿の音ばかりさせているきりで、何時まで経ってもヴェランダに出て来ようとしない二人の老嬢たちの話、冬になるとすっかり雪に埋まってしまうこんな寒村に一人の看護婦を相手に暮らしている老医師とその美しい野薔薇の話、ときどき気が狂って渓流のなかへ飛び込んでは罵りわめいているという木樵の妻とその小娘の話、――そういうような人達のとりとめもない幻像ばかりが私の心にふと浮んではふと消えてゆく……
或る午後、雨のちょっとした晴れ間を見て、もうぽつぽつ外人たちの這入りだした別荘の並んでいる水車の道のほとりを私が散歩をしていたら、チェッコスロヴァキア公使館の別荘の中から誰かがピアノを稽古しているらしい音が聞えて来た。
私はその隣りのまだ空いている別荘の庭へ這入りこんで、しばらくそれに耳を傾けていた。