そういう中で、唯一つ、前述の記憶だけが妙にはっきりと私に残っているというのは、その火事の話が事実でないとすれば、恐らく昼間のさまざまな経験が寄り集って一つの夢になるように、自分のまだ意識下の二つの強烈な印象が、その他の無数の小さな印象を打ち消しながら、そうやって一つの記憶の中に微妙に融け合ってしまっているのかも知れない。
(註一)
私の意識上の人生は、突然私の父があらわれて、そんな佗住いをしていた母や私を迎えることになった、曳舟通りに近い、或る狭い路地の奥の、新しい家のなかでようやく始っている。