が、その頃の事は、その家ばかりではなく、私に思い出されるすべてのものはいずれも切れ切れなものとして、そしてそのために反ってその局所局所は一層鮮かに、それらを取りかこんだ曖昧糢糊とした背景から浮み上がって来るのである。
私のごく幼い頃の、父の姿も、母の姿もあんなによく見慣れていた癖に、少しもはっきりと思い出せない。
しかし、そのころ皆で一しょに撮った何枚かの写真の中の彼等の姿だけは、ときおりしかそれを取り出して見なかったせいか、いまでも私の裡にくっきりと――それだけ一層実在の人物から遠ざかりながら――蘇ってくるのである。