その頃私達の住んでいた家のことを思い出そうとすると、前にも書いたように、それはごく切れ切れに――例えば、秋になるとおいしい果実を子供たちに与えてくれた一本の無花果の木や、そのほかは名前を知らないような木が二三本植わっていた小さな庭だとか、いつも日あたりのいい縁側だとか、そこから廊下つづきになった硝子張りの細工場だとかが、――一つ一つ別々に浮んでくるきりである。
そしてそういうものよりも一層はっきりと蘇ってきて、その頃のとりとめのない幸福を今の私にまでまざまざと感じさせるものは、私の小さいブランコの吊してあった、その無花果の木の或る枝の変にくねった枝ぶりだとか、あるときの庭土の香りだとか、或いはまた金屑のにおいだとか、そういった一層つまらないものばかりだ。
私の父は彫金師だった。