若しそれらを彼が本当にその詩を書いたのち綺麗さっぱりと撥き去ってしまったなら、その詩人はひょっとしたらその詩をきっかけに、だんだん詩なんぞは書かなくなるのではないか、という気が私にされぬでもなかった。
それほど、私はより高い人生のためにそれらの小さなものが棄て去られることには半ば同意しながら、しかしその一方これこそわれわれの人生の――少くとも人生の詩の――最も本質的なものではないかと思わずにはいられない幼年時代のささやかな幸福、――それをこの赤まんまの花たちはつつましく、控目に、しかし見る人によっては殆ど完全な姿で代表しているのだ。
「それはそうと、赤まんまの花って、いつ頃咲いたかしら?