後年、私は何度となくそれと類似の絵双紙を見、それを愛した。
そうして私もだんだん大きくなり、それの劇的要素が分かるようになりだした頃には、そのときはもう私は、――それが何んの物語を描いた絵だかもさっぱり分からずに見入りながら、しかも一種の興奮を感ぜずにはいられなかった、――そういうはじめてそれを手にしたときの幼時の自分に対するなつかしさなしには、その物語を味われなくなっていた。
たとえば、はじめて物語の世界、いわば全然別箇の世界を私に啓示するきっかけとなった、それらの雪の日の絵だけを例にとって云えば、私はその絵を見る度毎に、それをはじめて母の膝下でひもといた、或古い家のなんとなく薄暗い雰囲気を、知らず識らずの裡に思い出さずにはいられないのだ。