引越した当時は、私の家の裏手はまだ一めんの芒原になっていて、大きな溝を隔てて、すぐその向うが華族のお屋敷になっていた。
こちら側には低い生籬がめぐらされているだけだったので、自分より身丈の高い芒の中を掻き分けて、その溝の縁まで行くと、立木の多い、芝生や池などのある、美しいお屋敷のなかは殆ど手にとるように見えるのだった。
ときおりその一家の人達がその庭園の中に逍ったり、その花の世話をしたりしているのを見かけると、私の胸には何とも云いようのない寂しい気もちと、それから生ずる一種のとりとめのない憧憬の心とが湧いてきた。