そしてそれは全然別のときのことであった。
註二 数年後、私達が引越して行った水戸さまの裏の家の植込みにも、それと同じ木があり、夏になるといつもぽっかりと円い紫の花を咲かせているのを毎年何気なく見過ごしていたが、それが最初の家から移し植えたものであり、また紫陽花という名であるのを知ったのは、私がもう十二三になってからだった。
それまでながい間、私はその花の咲いているのを見ていると、どうしてこうも自分の裡に何ともいえずなつかしいような悲しみが湧いてくるのだか分からないでいた。
そしてそれは全然別のときのことであった。
註二 数年後、私達が引越して行った水戸さまの裏の家の植込みにも、それと同じ木があり、夏になるといつもぽっかりと円い紫の花を咲かせているのを毎年何気なく見過ごしていたが、それが最初の家から移し植えたものであり、また紫陽花という名であるのを知ったのは、私がもう十二三になってからだった。
それまでながい間、私はその花の咲いているのを見ていると、どうしてこうも自分の裡に何ともいえずなつかしいような悲しみが湧いてくるのだか分からないでいた。