どんなにはげしい仕事の後でも、そしてまだその頭の一部分は今のさつきまでお書きになつてゐた悲劇の雰圍氣に何處か浸つてゐるやうな折でも、側目には少くとも、室生さんはいつもすつぱりとした、むしろ颯爽としたやうな顏つきをしていらつしやる、それは私たちまでも何か氣待よくさせるものがあります。
私たち年少のもののこれから最もお手本とすべき點であらうかと思ひます。
「神々のへど」の悲劇的な結尾のところに、「あをざめ切つた眼のふちは灰だみた濁りをながして、見樣によつて物すさまじい或る美しさを感じる」といふ一行がありますが、私は室生さんの書かれるすべての悲劇に、さういふ「物すさまじい或る美しさ」を感じるやうな見方からのみ、それ等を見てゆくやうにと心がけてゐます。