それほどこの本に親しめたことは、私にとつては何よりも氣持がよいのだ。
「京洛日記」は、この冬京都にラヂオの放送に行かれた折、寺院や庭を見てまはられた日記である。
それらの庭々の冬ざれの樣子が、巧みに配された人事と相俟つて、たいへん興趣深く語られてゐる。
それほどこの本に親しめたことは、私にとつては何よりも氣持がよいのだ。
「京洛日記」は、この冬京都にラヂオの放送に行かれた折、寺院や庭を見てまはられた日記である。
それらの庭々の冬ざれの樣子が、巧みに配された人事と相俟つて、たいへん興趣深く語られてゐる。