僕は度々犀星論を書かれたことがあるが、發狂したらといふ偶然にしろさう見て書いた評家が一人もゐなかつた。
發狂する人間は大抵妄想からさうなり絶えず追つかけられるやうなセカセカした中に身も心も置かれるさうである。
僕は發狂するなら酒からさうなるであらうが、茉莉さんは僕の書いた隨筆などから何か感じだされて、それを見トドけて危ないところを統計的に考へあはせてさういはれたのであらう、もつと適切にいへば僕の書くちよつと意味の取りにくいところに意味を含んだ、さういふ惡文のなかに精神的異常をかぎだされたのかも知れない。