以上の七卷の詩集のほかに、隨筆集“Les Innocentes ou la Sagesse de Femmes”(1923)“Exactitudes”(19330)及び囘想記“Le Livre de ma Vie”(1932)がある。
最後の著には、佛蘭西のもつとも洗煉された教養と東洋の遺傳との融合した家族のおもひで、ことにピアノの上手だつた美貌の母のことや、レマン湖の靜謐、コンスタンチノプルの華麗などが、魅力のある筆で敍せられてゐる。
しかしその書を完成せずに、ノワイユ夫人は一九三三年四月三十日巴里に死んだ。