しかし最後には亡弟の無二の親友バルベイ・ドオルヴィリに宛てて書くやうになつたが、一八四〇年の冬メエトル夫人の病氣を見舞ふために再度ヌヴェルの旅に出、その旅のなかば、十二月の最後の日に遂に日記の筆は投ぜられた。
それからユウジェニイは一年ばかり巴里に住まつてゐたが、或事情からメエトル夫人とも交を絶つやうなことになり(恐らくバルベイがその二人の間に介在したらしい)淋しくケエラに歸つてきた。
(一八四一年十月末)その後は弟の遺稿の出版のために盡力したりしてゐたが、その仕事もなかなか捗取らなかつた。
しかし最後には亡弟の無二の親友バルベイ・ドオルヴィリに宛てて書くやうになつたが、一八四〇年の冬メエトル夫人の病氣を見舞ふために再度ヌヴェルの旅に出、その旅のなかば、十二月の最後の日に遂に日記の筆は投ぜられた。
それからユウジェニイは一年ばかり巴里に住まつてゐたが、或事情からメエトル夫人とも交を絶つやうなことになり(恐らくバルベイがその二人の間に介在したらしい)淋しくケエラに歸つてきた。
(一八四一年十月末)その後は弟の遺稿の出版のために盡力したりしてゐたが、その仕事もなかなか捗取らなかつた。