主としてケエラにおける自分たちの何んの他奇もない日々のこと――臺所での生活だの、をりをりの讀書だの、父や妹や友達や小作人のこと、犬や猫や小鳥のこと、神樣や村の小さな教會のことだの――をいかにも弟だけを相手にするやうな打ち解けた調子で、自分の思つてゐることは何んでも書いてしまふといつたふうに書いてゐて、まことに氣もちのいいものである。
アミエルは彼女のことを「田舍のセヴィニエ夫人」だといつてゐるが、言ひ得て妙である。
詩人フランシス・ジャムも彼女を非常に愛讀してゐる。
主としてケエラにおける自分たちの何んの他奇もない日々のこと――臺所での生活だの、をりをりの讀書だの、父や妹や友達や小作人のこと、犬や猫や小鳥のこと、神樣や村の小さな教會のことだの――をいかにも弟だけを相手にするやうな打ち解けた調子で、自分の思つてゐることは何んでも書いてしまふといつたふうに書いてゐて、まことに氣もちのいいものである。
アミエルは彼女のことを「田舍のセヴィニエ夫人」だといつてゐるが、言ひ得て妙である。
詩人フランシス・ジャムも彼女を非常に愛讀してゐる。