「いいえ、ないわ」
「そうかい、僕はその人の小説がとても好きなんだがなあ……僕はその人の短篇でね、『マダム・ルクレエス街』というのを読んだことがあるんだ……その中にね、丁度、今みたいな家が出てくるんだぜ、それは伊太利の話だけれど……ところがその空家の二階の長椅子がね、一つだけ埃がちっとも溜まっていなくて、何だか始終人に使われている見たいだったんだ……実はそこでね、毎晩あるお姫様がその恋人とあいびきをしていたということが後でわかるんだよ。
そう云えば、今のあそこの二階もね、僕は何だかそんな秘密でもありそうな気がしてならなかったよ……やはりさっき上って見ればよかったなあ……」