一九二一年の秋のことである。
それまでスゥイス中を転々としながら、長い間中絶されている「ドゥイノ悲歌」を再び続けるべく、そのために外界と遮絶して、全く一人きりになっていられるような隠れ場所を捜しあぐねていたリルケは、遂に伊太利との国境にもはや近いヴァレェ州にやって来て、その何処かプロヴァンスや、また西班牙の或る物をさえ思わせるような一帯の風物を一目見るや、此処こそ自分の求めている場所と信じて、その町の一つのシェルに暫く滞在し、附近を捜しまわったがそれも空しく、とうとうその町をも立ち去ろうとする間際になって、偶然或る飾窓に売物に出ている一つの塔の写真を認めた。
それは彼の或る友人の寝台の上の壁に以前から掛っていた絵の中の古い館だった。