そういうモオリアック好みの小説の場面を、私は自分の目の前の空虚な教会の内側にいましも起りつつあるかのように想像を逞しくしたりしながら、いつまでもうつけたように教会の木柵にもたれかかっているようなことさえあった。
そんな或る日の事(二月の末だった……)、私はひょっくり出先から戻ってきた其処のHさんという管理人と二こと三こと口を利き合い、そのまましばらく教会の側面の日あたりのいい石の上で、立ち話をしあっていた。
丁度私達の傍らに立っている聖パウロの小さな、彩色した彫像は、彫刻の上手なレイモンド夫人がみずから制作したものだという事を私の教わったのも、そのときの事だった。