日曜日の弥撒に、ドイツ人もフランス人も、イタリイ人も、それからまたポオランド人、スペイン人などまで一しょくたに集まってくる、旧教の聖パウロ教会なんぞは、そんな勤行をしている間、その前をちょっと素通りしただけでも、冬なんぞの閑寂さとは打って変って、何か呼吸づまりそうなまでに緊張した思いのされる程だった。
前年の夏あたりは、屡々、その教会の中から聖母を讃える甘美な男女の合唱が洩れてきて、それが通行人の足を思わず立ち止らせたりしたものだったが、今年の夏はどういうものか、低いオルガンの音のほかには、聖楽らしいものは何にも聞えて来ないのだった。
この頃朝の散歩のときなど、その教会の前を通りかかる度毎に、私はその中があんまり物静かで、しかも絶えず何ものかの囁きに充たされているようなので、いつか聞覚えてしまったヴィットリアの「アヴェ・マリア」の一節などを、ふいとそれがさもその教会の中から聞えてきつつあるかのように自分の裡に蘇らせたりするのだった……