生れて以来、一度や二度は詩をつくったことがないでもないが、散文を書きなれた私には、圧縮された微妙な語感はすでに無縁で、語にとらわれると、物自体を失う。
物自体に即することが散文の本質で、語に焦点をおくことを本質的に嫌わねばならないのである。
私がふきだしたのを見て、友人は気分を損ねたようである。
生れて以来、一度や二度は詩をつくったことがないでもないが、散文を書きなれた私には、圧縮された微妙な語感はすでに無縁で、語にとらわれると、物自体を失う。
物自体に即することが散文の本質で、語に焦点をおくことを本質的に嫌わねばならないのである。
私がふきだしたのを見て、友人は気分を損ねたようである。