本当の史実は百年間ぐらいの短期間に起った大和飛鳥の争奪戦にすぎなくて、九州四国中国方面から攻めてきて大和を平定したニギハヤヒ系の物部氏、次にこれを元の四国へ迫ッ払ったヒダ王家、次にその嫡流をヒダへ追い落して亡したヒダ庶流たる天皇家。
この争奪戦のわずかの秘史を神話と三十代の天皇の長い国史に書き代えて、その秘められた史実を巧妙に偽装してしまったのであろう。
朝敵となったヒダ人の多くは信濃から関東へ東国へと逃げたのもあるが、信濃の松本からサイ川づたいに信濃川本流へでて出羽方面まで逃げたのが多かったようだ。