この本の作者か、もしくは註釈者(平安末期の相慶子ではなくて、この本の書かれた直後の註釈者)は、本当の史実も知っていました。
しかし、この本は時流に即して、現天皇家の定めた国史たる記紀の記述にしたがい、それに合せて法隆寺の縁起や聖徳太子及びその一族のカンタンな歴史を書き残しました。
そして現支配者の国史をくつがえして書く自由は許されないので、その偽装の国史に即す限りに於て記紀の誤りを正しておいた。
この本の作者か、もしくは註釈者(平安末期の相慶子ではなくて、この本の書かれた直後の註釈者)は、本当の史実も知っていました。
しかし、この本は時流に即して、現天皇家の定めた国史たる記紀の記述にしたがい、それに合せて法隆寺の縁起や聖徳太子及びその一族のカンタンな歴史を書き残しました。
そして現支配者の国史をくつがえして書く自由は許されないので、その偽装の国史に即す限りに於て記紀の誤りを正しておいた。