そこにあった行基作の仏像は共に焼けたに相違ない。
今の小さな国分寺ができたのち、高山市の他の寺から、この二ツの仏像をゆずりうけて本尊としたものの由である。
これこそはヒダのタクミという以外に作者の個有の名を失った伝統があって、はじめて生れてくるような名作である。
そこにあった行基作の仏像は共に焼けたに相違ない。
今の小さな国分寺ができたのち、高山市の他の寺から、この二ツの仏像をゆずりうけて本尊としたものの由である。
これこそはヒダのタクミという以外に作者の個有の名を失った伝統があって、はじめて生れてくるような名作である。