一ツは烏帽子をかぶって、明らかにタクミの自像として伝えられていますが、もう一ツの僧形で、ケサをまとい、この寺の出ボトケとしてこれに手をふれると病気が治るというような御利益用に用いられ、つまり仏像として用いられています。
しかしケサをまとうているけれども、これもタクミの自像らしく、さもなければ、この寺の何代前かの住職の像かな。
足利時代の作と伝えられているが、一方はタクミ自像とある通り、この顔がタクミの顔、ヒダの顔であるのは云うまでもない。
一ツは烏帽子をかぶって、明らかにタクミの自像として伝えられていますが、もう一ツの僧形で、ケサをまとい、この寺の出ボトケとしてこれに手をふれると病気が治るというような御利益用に用いられ、つまり仏像として用いられています。
しかしケサをまとうているけれども、これもタクミの自像らしく、さもなければ、この寺の何代前かの住職の像かな。
足利時代の作と伝えられているが、一方はタクミ自像とある通り、この顔がタクミの顔、ヒダの顔であるのは云うまでもない。