あすこの鉄格子のあちら側には即ち必要以上に考え深い人達が、その考え深いという性質や容貌を認められて、幸福な保護を受けているわけなのである。
然し、たまたま時世が時世であったから、人々は栗栖按吉の考え深い顔付を見ると、さては、という必要以上に大きな空気をごくりと呑んで、つまりこういう顔付が刑務所の鉄格子のあちら側にある顔だと思いこんでしまうのだった。
即ち、これが「主義者づら」だと思ったのである。
あすこの鉄格子のあちら側には即ち必要以上に考え深い人達が、その考え深いという性質や容貌を認められて、幸福な保護を受けているわけなのである。
然し、たまたま時世が時世であったから、人々は栗栖按吉の考え深い顔付を見ると、さては、という必要以上に大きな空気をごくりと呑んで、つまりこういう顔付が刑務所の鉄格子のあちら側にある顔だと思いこんでしまうのだった。
即ち、これが「主義者づら」だと思ったのである。