『五輪書』には道学者的な高さがあり『夢酔独言』には戯作者的な低さがあるが、文章に具わる個性の精神的深さというものは比すべくもない。
『夢酔独言』には最上の芸術家の筆を以てようやく達しうる精神の高さ個性の深さがあるのである。
然しながら、晩年の悟りすました武蔵はとにかくとして、青年客気の武蔵は之亦稀有な達人であったということに就て、僕は暫く話をしてみたいのである。
『五輪書』には道学者的な高さがあり『夢酔独言』には戯作者的な低さがあるが、文章に具わる個性の精神的深さというものは比すべくもない。
『夢酔独言』には最上の芸術家の筆を以てようやく達しうる精神の高さ個性の深さがあるのである。
然しながら、晩年の悟りすました武蔵はとにかくとして、青年客気の武蔵は之亦稀有な達人であったということに就て、僕は暫く話をしてみたいのである。