柳生流には大小六十二種の太刀数があって、変に応じたあらゆる太刀をあらかじめ学ばせようというのだが、武蔵は之を否定して、変化は無限だからいくら型を覚えても駄目であらゆる変化に応じ得る根幹だけが大事だと言って、その形式主義を非難したのである。
これとほぼ同じ見解の相違が、佐々木小次郎と武蔵の間にも見ることが出来る。
小次郎は元来富田勢源の高弟で、勢源門下に及ぶ者がなくなり、勢源の弟の次郎左衛門にも勝ったので、大いに自信を得て「巌流」という一派をひらいた男である。
柳生流には大小六十二種の太刀数があって、変に応じたあらゆる太刀をあらかじめ学ばせようというのだが、武蔵は之を否定して、変化は無限だからいくら型を覚えても駄目であらゆる変化に応じ得る根幹だけが大事だと言って、その形式主義を非難したのである。
これとほぼ同じ見解の相違が、佐々木小次郎と武蔵の間にも見ることが出来る。
小次郎は元来富田勢源の高弟で、勢源門下に及ぶ者がなくなり、勢源の弟の次郎左衛門にも勝ったので、大いに自信を得て「巌流」という一派をひらいた男である。