元々富田流は剣の速捷を尊ぶ流派だから、小次郎も亦速技を愛する剣法だった。
彼は橋の下をくぐる燕を斬って速技を会得したというが、小次郎の見解によれば、要するに燕を斬るには初太刀をかわして燕が身をひるがえす時、その身をひるがえす速力よりも早い速力で斬ればいいという相対的な速力に関する考えだった。
ところが武蔵によれば、相対的な速力それ自身には限度がある。
元々富田流は剣の速捷を尊ぶ流派だから、小次郎も亦速技を愛する剣法だった。
彼は橋の下をくぐる燕を斬って速技を会得したというが、小次郎の見解によれば、要するに燕を斬るには初太刀をかわして燕が身をひるがえす時、その身をひるがえす速力よりも早い速力で斬ればいいという相対的な速力に関する考えだった。
ところが武蔵によれば、相対的な速力それ自身には限度がある。