けれども、盲目的な信念というものは、それが如何ほど激しく生と死を一貫して貫いても、さまで立派だと言えないし、却って、そのヒステリイ的な過剰な情熱に濁りを感じ、不快を覚えるものである。
僕は天草四郎という日本に於ける空前の少年選手が大好きで、この少年の大きな野心とその見事な構成に就て、もう三年越し小説に書こうと努めている。
そのために、切支丹の文献をかなり読まねばならなかったけれども、熱狂的な信仰をもって次から次へ堂々と死んで行った日本の夥しい殉教者達が、然し、僕は時に無益なヒステリイ的な饒舌のみを感じ、不快を覚えることがあるのであった。