主人は女中の手をかりず、自分で倉庫と座敷の間を往復し、一幅ずつの掛物を持参して床の間へ吊し一同に披露して、又、別の掛物をとりに行く、名画が一同を楽しませることを自分の喜びとしているのである。
終って、座を変え、茶の湯と、礼儀正しい食膳を供したという。
こういう生活が「古代文化の伝統を見失わない」ために、内面的に豊富な生活だと言うに至っては内面なるものの目安が余り安直で滅茶苦茶な話だけれども、然し、無論、文化の伝統を見失った僕の方が(そのために)豊富である筈もない。
主人は女中の手をかりず、自分で倉庫と座敷の間を往復し、一幅ずつの掛物を持参して床の間へ吊し一同に披露して、又、別の掛物をとりに行く、名画が一同を楽しませることを自分の喜びとしているのである。
終って、座を変え、茶の湯と、礼儀正しい食膳を供したという。
こういう生活が「古代文化の伝統を見失わない」ために、内面的に豊富な生活だと言うに至っては内面なるものの目安が余り安直で滅茶苦茶な話だけれども、然し、無論、文化の伝統を見失った僕の方が(そのために)豊富である筈もない。