ゲーリー・クーパーは満員客止めの盛況だが、梅若万三郎は数える程しか客が来ない。
かかる文化人というものは、貧困そのものではないか。
然しながら、タウトが日本を発見し、その伝統の美を発見したことと、我々が日本の伝統を見失いながら、しかも現に日本人であることとの間には、タウトが全然思いもよらぬ距りがあった。
ゲーリー・クーパーは満員客止めの盛況だが、梅若万三郎は数える程しか客が来ない。
かかる文化人というものは、貧困そのものではないか。
然しながら、タウトが日本を発見し、その伝統の美を発見したことと、我々が日本の伝統を見失いながら、しかも現に日本人であることとの間には、タウトが全然思いもよらぬ距りがあった。