昼はこの娘にたった一人の附添をつけて人家よりも畑の多い道をねり歩き、漫才に芝居に踊りに、むやみに娘を舞台に上げたが、これが、又、芸が未熟で、益々もって痛々しい。
僕はその翌日も見物にでかけたが、二日目は十五六名しか観衆がなく、三日目の興行を切上げて、次の町へ行ってしまった。
その深夜、うどんを食いに劇場の裏を通ったら、木戸が開け放されていて、荷物を大八車につんでおり、座頭が路上でメザシを焼いていた。
昼はこの娘にたった一人の附添をつけて人家よりも畑の多い道をねり歩き、漫才に芝居に踊りに、むやみに娘を舞台に上げたが、これが、又、芸が未熟で、益々もって痛々しい。
僕はその翌日も見物にでかけたが、二日目は十五六名しか観衆がなく、三日目の興行を切上げて、次の町へ行ってしまった。
その深夜、うどんを食いに劇場の裏を通ったら、木戸が開け放されていて、荷物を大八車につんでおり、座頭が路上でメザシを焼いていた。