僕達は刑事になりすまして、大本教の潜伏信者の様子などを訊ねてみたが、馬方は泥酔しながらも俄に顔色蒼然となり、忽ち言葉も吃りはじめて、多少は知らないこともないけれども悪事を働いた覚えのない自分だから、それを訊くのだけは何分にも勘弁していただきたい、と、取調室にいるように三拝九拝していた。
宇治の黄檗山万福寺は隠元の創建にかかる寺だが、隠元によれば、寺院建築の要諦は荘厳ということで、信者の俗心を高めるところの形式をととのえていなければならぬと言っていたそうである。
又、人は飲食を共にすることによって交りが深くなるものだから、食事が大切であるとも言ったそうだ。