そうして、その独立自存の逞しさと、落着きとは、三十三間堂の上にあるものである。
そうして、その巨大さを不自然に見せないところの独自の曲線には、三十三間堂以上の美しさがある。
僕が亀岡へ行ったとき、王仁三郎は現代に於て、秀吉的な駄々っ子精神を、非常に突飛な形式ではあるけれども、とにかく具体化した人ではなかろうかと想像し、夢の跡に多少の期待を持ったのだったが、これはスケールが言語道断に卑小にすぎて、ただ、直接に、俗悪そのものでしかなかった。
そうして、その独立自存の逞しさと、落着きとは、三十三間堂の上にあるものである。
そうして、その巨大さを不自然に見せないところの独自の曲線には、三十三間堂以上の美しさがある。
僕が亀岡へ行ったとき、王仁三郎は現代に於て、秀吉的な駄々っ子精神を、非常に突飛な形式ではあるけれども、とにかく具体化した人ではなかろうかと想像し、夢の跡に多少の期待を持ったのだったが、これはスケールが言語道断に卑小にすぎて、ただ、直接に、俗悪そのものでしかなかった。