私は京子と恋におちて、終戦と共に強奪して、東京へ引揚げてきたのである。
多門の怒りは狂暴なもので、風の便りにもいっかな余憤おさまらず、あいにく又、大臣級の政治家で、これからオレの天下と大いに希望のあったところを、てもなく追放になる、すっかり苛々、私がつまりその苛々の分まで憎まれ役に廻っていたようなものである。
然し去年の夏、梶子夫人が死に、まもなく下枝という村の相当の家の娘に目をつけて、無理に小間使いに、つまり侍女、妾、それで御機嫌が直ったそうで、追放後の閑のからだを今では十九の小娘を寵愛して鼻の下を延しているという話であった。