「その男は疎開者といったって、村の出身なんだよ。
奥田利根吉郎という製図工か何かの復員軍人で、復員したら家が焼け、妻子も行方が分らなくて、少し気が変になってるという男なんだ。
尤も気が変になったのは戦地にいた時からで、北支にいたんだが、その頃から孔子に凝って、今でも疎開の部屋の窓に、孔子研究所とか、論語研究会という看板をだしているそうだよ。
「その男は疎開者といったって、村の出身なんだよ。
奥田利根吉郎という製図工か何かの復員軍人で、復員したら家が焼け、妻子も行方が分らなくて、少し気が変になってるという男なんだ。
尤も気が変になったのは戦地にいた時からで、北支にいたんだが、その頃から孔子に凝って、今でも疎開の部屋の窓に、孔子研究所とか、論語研究会という看板をだしているそうだよ。