昭和十年ごろ(そのころ私は早稲田の第二学院の生徒でした)下落合の矢田津世子さんのお宅で雑誌「作品」の御作拝見しました。
たしか、いくつも拝見させていたゞきましたが、その中で題名を記憶していますのは「淫者山に入る」という作品だけでございます。
然し、題を忘れたと申しましても、その時の私の印象の強烈さは、とうてい今申し上げても御信じにならないほどでありました。
昭和十年ごろ(そのころ私は早稲田の第二学院の生徒でした)下落合の矢田津世子さんのお宅で雑誌「作品」の御作拝見しました。
たしか、いくつも拝見させていたゞきましたが、その中で題名を記憶していますのは「淫者山に入る」という作品だけでございます。
然し、題を忘れたと申しましても、その時の私の印象の強烈さは、とうてい今申し上げても御信じにならないほどでありました。