してみると、この七月五日は、矢島が出征したあとの十九年のその日であるに相違ない。
矢島は社の用箋を持ち帰って使っていた。
他の社員もみなそうで、当時は紙が店頭にないのであるから、銘々が自宅へ持ちこむ量も長期のストックを見こんでおり、矢島の出征後の留守宅にも少からぬこの用箋が残されていた筈であった。
してみると、この七月五日は、矢島が出征したあとの十九年のその日であるに相違ない。
矢島は社の用箋を持ち帰って使っていた。
他の社員もみなそうで、当時は紙が店頭にないのであるから、銘々が自宅へ持ちこむ量も長期のストックを見こんでおり、矢島の出征後の留守宅にも少からぬこの用箋が残されていた筈であった。